地球温暖化は航空機の乗客定員を減らす? 気温上昇による空気力学的な影響を推定
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地球温暖化は平均気温を上昇させるだけでなく、猛暑の日の頻度を増加させます。
このことによる影響の1つとして、空気密度の低下による航空力学的な影響が考えられています。つまり地球温暖化が進むと、航空機の運航に直接的な支障が出るということです。
レディング大学のJonny Williams氏などの研究チームは、航空機の離陸滑走距離の影響についての研究を行いました。
ヨーロッパの空港30ヶ所の短中距離便を想定し、2060年代までのシミュレーションをおこなったところ、離陸滑走距離が足りない空港が出現する影響で、乗客定員を10人前後減らす必要がある事が分かりました。
今回の研究は、地球温暖化が航空業界に直接的な影響を与える一例を示したことになります。
地球温暖化は巡り巡って航空機の乗客定員を減らす恐れあり
航空機は、空気中を移動する際に受ける空気力学的な力で飛行します。
その力の大きさを決定する要素はいくつかありますが、重要な要素の1つとして気温があります。
気温が高い、つまり空気の温度が高いほど、空気の密度が低くなるため、翼が受ける空気からの力が小さくなります。現在進んでいる地球温暖化の進行度合いによっては、空気の密度が極端に下がる猛暑の日の頻度が増加することになります。
この影響を直接的に受けるのが、航空機の離陸滑走距離です。
航空機が離陸できるのは、高速で滑走路を走行し、十分な揚力を得ているためです。
揚力は空気から直接得る力であるため、速度や翼の面積などの条件が同じであっても、空気の密度が低くなれば揚力は小さくなってしまいます。
空港は様々な理由で滑走路の長さに制限があり、主要な航空機が離陸できるのに必要なギリギリの長さしか持たない空港も珍しくありません。
その場合、揚力が小さくても離陸できるように、機体全体の重量を減らす必要があります。本体重量は減らすことはできませんし、燃料の搭載量は安全マージン確保のため、多めに積載することが義務付けられています。
そうなると削れる重量は乗客と荷物、つまり乗客定員となります。
小規模空港は具体的な影響ありと推定
レディング大学のJonny Williams氏などの研究チームは、主要な航空機の離陸滑走距離がどの程度影響するのかを推定するための研究を行いました。
今回の研究では、2060年代までに想定される、ヨーロッパの30の空港の気候変動を予測し、航空機の離陸滑走距離に与える影響をシミュレーションしました。航空機は短中距離便向けの航空機として多用されているエアバス社の「エアバスA320」をモデルとしました。


その結果、極端に滑走距離が伸びる猛暑の日の頻度が、現在ではひと夏に1回(100日に1回)程度しかないと予測されているのに対し、今世紀半ばまでには2日に1回程度にまで増加すると予測されました。
しかしながら、ほとんどの空港はそれほど大きな影響はないと判断されました。これは、滑走路に十分な余裕があり、多少の滑走距離の増加にも十分に対応できるためです。
しかし、4ヶ所の空港については具体的に大きな影響がある事が判明しました。
キオス空港 (ギリシャ) 、パンテッレリア空港 (イタリア) 、ローマ・チャンピーノ空港 (イタリア) 、サン・セバスティアン空港 (スペイン) の4つはどれも滑走路の長さが短く、猛暑の日には満員のエアバスA320が離陸するのに十分な距離が取れない恐れがあります。
この対策として、乗客定員を5-12人減らし、機体重量を削減する必要があるでしょう。
いずれも人気の観光地にある空港であることを考えると、定員の削減はチケットの高額化に繋がるかもしれません。
地球温暖化は航空業界に直接的な悪影響を与える
今日、航空機は1日約10万回離着陸していると言われていますが、2050年には、2019年からと比べて航空便の数が19%~76%増加すると予測されています。
地球温暖化の文脈において、航空業界は二酸化炭素の大量排出源とされており、そのために排出削減を強く求められています。しかし今後は、直接的な影響を受ける分野としても排出削減を求められるかもしれません。
例えば、滑走距離の増加による影響が大きくない空港であっても、影響がゼロであるとは言えません。
滑走距離が伸びるということは、今までは滑走路の中間から飛び立っていた航空機が、将来的には滑走路の端から滑走しないといけなくなるかもしれないからです。
また、高温になった滑走路は、航空機の重量を受けて劣化しやすくなります。滑走路の使用頻度の増加や劣化の進行は、メンテナンスコストの増加として返ってきます。
また、メンテナンスの頻度増加、滑走路の端から飛び立つ必要があることによる移動距離の増加、あるいは単純に日中の運航を減らすなどして、運航計画を大幅に変更し、1日の発着回数を減らす必要に迫られるかもしれません。
乗客定員の削減やメンテナンスコストの増加と合わせ、これはチケットの高額化にもつながるでしょう。
そして、今回の研究はエアバスA320という比較的小型の機体を想定してシミュレーションしています。例えば大型のエアバスA380の場合、大きな空港にある長い滑走路であっても、滑走距離の増加による具体的な影響があるかもしれません。
なお、今回の研究にはいくつかの限界もあります。
例えば今回の研究は気温のみをシミュレーションしており、湿度や風向きなどの他の気候変動に関するパラメーターは含まれていません。離陸滑走距離の変化をより正確に算出するには、これらのパラメーターも考慮する必要がありますが、これらは将来的な変化を予測するシミュレーションが困難です。
今後の研究では、気温以外の変化も考慮したものが行われる予定です。
【参考文献】
●Jonny Williams, et al. "Quantifying the Effects of Climate Change on Aircraft Take-Off Performance at European Airports". Aerospace, 2025; 12 (3) 165. DOI: 10.3390/aerospace12030165
●"Holiday flights could carry fewer passengers as world warms". (Apr 16, 2025) University of Reading.

サイエンスライター
彩恵りり Rele Sice
「科学ライター兼Vtuber」として、最新の自然科学系の研究成果やその他の話題の解説記事を様々な場所で寄稿しています。得意分野は天文学ですが、自然科学ならばほぼノンジャンルで活動中です。B-angleでは、世界中の研究成果や興味深い内容の最新科学ニュースを解説します。